神道国際学会会報:神道フォーラム掲載

宗際・学際・人際

窪 徳 忠 氏 に 聞 く
東京大学名誉教授

日本の信仰や習俗に影響した「道教」
思想間に交渉の事実、心の問題の多面性――学際的な研究が必要に

 私は東洋史学科出身ですが、中国の道教という宗教、なかでも12、3世紀の宋、金、元朝時代に盛んだった全真教という一派が専門なのです。外務省の外郭団体の東方文化学院の研究員時代も、のちに東大の東洋文化研究所に移ってからも一貫して道教の研究をやっていました。
 道教の経典や関係の文献を見ていると、日本人にもよく知られている「庚申」という文字が、頻りに出てきます。それで、道教とその信仰は日本に伝わったんじゃないかと考え始めました。
 今から50年程前に、國學院大学で漢文学会の大会があって、道教の関係で日中の関係を示すようなことを何か話してくれと言われたので、日本の庚申信仰の源流は道教の説く三尸説だと述べたところ、会場から「庚申信仰は日本固有だと柳田国男先生は述べている。庚申講も日本各地で行われている。実際に国内各地を歩いていないくせに何をいうか」と、コテンパンにやられました。柳田さんがご存命の頃で、國學院大といえば、当時は日本民俗学の本拠地のようなところでした。

実地調査で歩き回った日々――庚申信仰を中心に

    それで、自分も日本各地の調査もやらなければ、と思ったわけです。それまでの私は文献研究中心でしたから、調査を始めた最初はとてもまごつきましたが、奈良県の上之郷村の庚申講を皮切りに、全国各地を歩きまわるようになりました。
 歩いてみると、確かに日本各地に庚申信仰はある。けれども、各地で少しずつ色合いが違うんですね。そこで、「じゃあ、ここはどうだ、あそこはどうだ」ということになって、結局全国的に各地を歩いてしまいました。
 なお、道教関係の神様で、航海の守り神にされている媽祖あるいは天妃などと呼ばれている女神の信仰は、下北半島の突端まで伝えられています。また、鐘馗さんのように全国的に信仰されているもの、一般には関係ないとみえても、道教の側面から見ると関係があると推測できるものなど、多くの信仰や習俗が各地で見出されます。

一宗の 真髄 ≠ニともに宗教の 膨らみ ≠熏l慮に

 ですから、日本の信仰や習俗に道教はかなり関係があるといってよいように思われます。神道にも少々影響を与えているようですね。ですから、神道は神道、仏教は仏教と単独に考える一方、他の思想や宗教との交渉という点も考えに入れておかないと、日本の信仰の実態が立体的な姿としてうかび上ってこないのではないかと思うわけです。一宗教の真髄の研究はぜひ必要ですが、膨らみとでもいうようなものもあるだろうから、その点も考えてみる必要があるように思います。
 信仰という心の問題は人種によって違うのか、地域によって違うのか……。宗教学だけでなく、民俗・民族学(文化人類学)の考え方も、場合によっては精神医学の考え方も入れなければいけない場合もおこると思うのです。
 一寸、話は変わりますが、数十年も前のことですけれども、私は独りで本を読んでいてもなかなか能率的にいかないと思って、道教関係の本を読む読書会を数人でつくったのですが、それがのちに段々発展して、今日の日本道教学会に成長しました。今から思えば、これも幅と層を拡げつつ、研究の新たな発展を展開するための、よい方途のひとつだったのではないかと秘かに自負しているわけです。
(神奈川県大和市の窪邸にて)


Copyright(C) 2005 ISF all rights reserved
当ウェブサイト内の文章および画像の無断使用・転載を禁止します。