神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
神道研究羅針盤 : 桜井徳太郎氏に聞く
駒澤大学名誉教授 同大学元学長 (民俗学)

暮らしと信仰の中に生きる「神」
常民の俗神にも神道研究の目を


 神道学というものが成立しうる論理的な体系があるわけですが、神道の理論化を試みた場合、理念的に整理された神と、本来の日本人が持っている、あるいは普通の人々の信仰の中に生きている神との間に、どうしてもズレが出てくるわけです。
 神道史を眺めると、鎌倉時代にできた伊勢神道、吉田神道あたりから論理的な神を説こうという傾向が強まり、仏教との違いが強調される。逆に、仏教の理論に取り込まれたなかで神道が説かれ、その中でも様々な解釈が出てきたりする。やがて反仏教的な、神仏習合的なものを否定する立場、つまり国学が打ち出される。明治になると、神社に社格が与えられるなど、国家体制の中に位置づけられた神道が確立したりもします。
 しかし、いずれにしても、学問的な体系からの、あるいは理論的な側面からの追跡であって、土着の神様というものに対する理解は殆ど考慮されていない。
 本当は、生活のなかに隠れているものがあり、暮らしのなかで信仰され、展開するものがある。これを研究しなければ日本の神は解らない。それがどういう風に生きているのかを研究すべきだというのが、柳田国男に始まる民俗学です。
 その信仰は知識人によって説明されたものではないので、文字に表されることは稀ですから、文献として残る中央の歴史には出てきません。人々の暮らしの営み、日常の祈り、村々の祭りを丹念に追跡し発掘することで明らかにしていくしかありません。
 民間信仰のなかに生きている神様というものに対して、日本人がどのような姿勢や気持ちをもって生きてきたのか。どういう視点に立てば、本当の日本人の神信仰というものが明らかになるのか。このあたりを解明するところに民俗学の意義があるわけです。
 敗戦でGHQがやって来て、「神社はけしからん、日本のナショナリズム、戦争鼓舞は神道イズムから来ている」と言って神の追放、神社の廃止をやろうとした。そのとき、柳田や折口信夫らは、日本の神信仰というのは、平和に暮らしたい、五穀豊穣で豊かに暮らしたいと神に願う信仰だと強調し、やがてGHQは神道を壊滅させたら占領政策は失敗すると了解しました。
 例えば、家の中に神棚がありますね。今の人たちは神棚に向かうことが少ないかもしれませんが、伊勢神宮の御札とか、有名な大社にお参りしたときに受けた御札が祀ってある。
 しかし、そういう信仰と同時に、そこから弾き出された、いわば俗神といったものに対してこそ、人々は最も身近に感じ、深い信仰を持っていたのです。井戸の神、火の神、台所や納戸や屋敷の神、田の神、山の神、海の神……。こちらの神々のほうこそ、民俗学でいう常民の神観念をよりビビッドに、具体的に示している。俗っぽい祭神を、社格を得るために、神話に則った立派な神様に当てはめた、などという事実もあったようですが、庶民にとっては「山の神は、山の神」「田の神は、田の神」なのですよ。
 民俗学でも最近は、講談民俗学≠ニかアームチェア民俗学者≠ニか言われて、口先だけ、研究室での思索だけの学者も増えています。それでは民俗学は潰れてしまう。やはり歩く実践学でなくてはならないのであって、神道においても、歴史文献学的な神道学だけに止まらず、民間信仰の中における神、神認識にも目を向け、現場で捉えてほしいと思いますね。

(東京・板橋区公文書館の「桜井徳太郎文庫」にて)

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