歩き、見て、まとめ上げた 全体を網羅する資料集
論点抽出と調査研究のベースに
一昨年刊行の『里神楽ハンドブックー福島・関東・甲信越』。歴史と分布、演目解説、伝承経路、そして伝承地・演目・奉納日程の一覧……。特徴的にくくられる当該地域を網羅した里神楽の百科全書だ。著者の三田村氏に話を聞いた。
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神楽を見るうち、同じ名称なのに内容が全く違っていたり、違う名称なのに同内容の座を伝えていたり――。登場する神や座名にしろ、演出にしろ、各地で微妙に変化している。その多様性に興味を持ったのです。
ところが、個々の解説はあっても、全体を捉えた本がない。じゃあ実際に見て、確認して、自分でまとめようと……。奉納時期が重なる場合も多いので、4、5年は歩きました。可能な限り見て、文献も参照して整合性を持たせました。
この本はあくまでベース。資料集なんですね。これをもとに研究が始まる。私自身、まとめたことで今後、視点や論点を見出し、調査研究ができる。まあ楽しく過ごせるかな、と(笑い)。
一例ですが、神楽の舞台芸能としての特徴は、神座を設けること。御幣を立てて神様を降ろすわけです。問題はその神座をどこに置くか――舞台の真ん前か、後ろの壁側か、どちらかです。ある系統の里神楽では前に置く。基本的に最も大事な神座などはそう簡単に変化させないので、神楽の系譜が辿れるかもしれない。関東の山間部では後ろです。系譜的にどう考えても前に置くはずなのに後ろ、というところもある。そこでは別の何らかの要素が影響し、それを優先しているのだろうな、と推測するわけです。
演目でも、特定地域にしかない演目が存在することがはっきりした。そういう興味から研究を深めることもできますね。
興味深いのは、演出です。神楽殿にしろ、舞の所作や衣装にしろ、なぜそういう演出なのか。神楽殿の場合、山に見立てる考え方があります。もともと伊勢の湯立神楽にも山がある。榛名神社(群馬県)では山が置いてあり、最後の演目に全員が出てきて周りを回る。よく最後にやる「山の神」が三眼なのは山の象徴、蔵王権現で、たぶん修験系から来たのだろうと。
中身わかると神楽はおもしろい
一般の人は神楽なんてつまらない、という。あれ確かに退屈ですよね。何をやっているのか分からない。餅まきの時しか人が集まらないの、よく分かりますよね(笑い)。でも、中味が分かると、面白くなる。「種まき」でお稲荷さんと狐が出てくる。なぜ狐なのっていうと、お稲荷さんのお使いだから、とか。種まいているのは、今年一年、豊作でありますようにって願いを込めているから、とか。単純にたったそれだけでも、それはそれで、面白いでしょう。
演じる側も、祖先から伝わっているから、というだけでやっているのではありません。何のためにというモチベーションがないと続かない。見る側がその辺を汲み取ってあげられれば、演じ甲斐があるというものです。
やる側、見る側のお互い様っていうのがあって、それが神楽をまがりなりにも残していくコツかもしれません。楽しく見てもらうための参考書にしてもらえれば、と思います。
(埼玉県立歴史と民俗の博物館にて)
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