神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
新刊紹介

『霊の発見』 書き下ろしエッセイトーク集
                 五木寛之  対話者・鎌田東二


 「気の発見」「神の発見」につづき、五木寛之氏がホスト役をつとめるシリーズ第3弾のテーマは霊=B
 「学問の世界では、様々な偏見や誤解に見舞われる」現況に対して、「アカデミズムの世界から勇気と思想性に富んだ対話者を招くことは至難のわざに思われた」というが、「鎌田東二さんがその対話者としての役をひきうけてくれたとき、この本は、ほぼ完成したように感じられた」と五木氏は述懐する。
 膨大な情報の渦に飲み込まれ、霊さえも消費されていく現代社会。産む機械#ュ言が問題となるが、政治家・有識者・メディアを含めて機械的身体観そのものを見直す論議にまで高まっていない。産む機械#ュ言をめぐる騒動は、現代日本人の歪んだ身体観や霊性観を露呈させた。
 いったい、日本的霊性はどこから来て、どこへ行ってしまったのか。本書では、カミとホトケが織りなす日本特有の霊性が縦横に語られる。
 とりわけ、近代科学の発展とともにいかがわしさ≠フ闇に押し込められてきた霊の諸相を、五木・鎌田の両氏は実感を交えることで生々しいままつかみ取り、学問領域にまで引っ張り込む。さながら、両氏はシャーマンと審神者の役を担い合うかのようで、日本人の宗教観が重層的に投影される霊≠次々と立て分けていく。
 組み合わせの妙とも言える両氏の対話からは、新たな霊学の胎動がかいま見えてくる。
▽四六判 272頁 1400円
▽株式会社 平凡社=03(3818)0741


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 『やさしく読む国学』  中澤伸弘著

 「国学」とは何か。なんとなく分っているようで、よく分らない学問ではある。
 分らぬまま、ある層の人々は日本文化を考える思想として重要視し、一方、他に思想性を求める人々は超ナショナリズムを連想して拒否反応を示す。そして大方は、古臭いもの、毎日の生活に関係ないものとして、「『国学』の実際はどんなものなのか」などと考えることすらしないだろう。
 現在、国学の範疇に入れられる過去の国学者も、往時はとくに「国学」の定義を意識して学問をしていたとは限らないようだ。「古学」「和学」「皇学」「古道学」という言葉も存在する。また、国学者が古典の研究により、遥か昔のわが国の国民性や基層文化を追求したからといって、彼らが儒教・仏教はじめ他国文化を全面否定していたわけでもない。
 国学という学問は歴史、文学、文法、考証、法律、思想など広い範囲を土台とした、いわば「学際的」「総合的」な学問だった、と著者はいう。「国学者が見つめたわが国への温かいまなざしを改めてご一緒に考えてほしい」とも。
 「荒廃した時代」を口にするのもうんざりする今日の世相だが、幸いに日本文化や精神風土を見つめ直す機運はかつてに比して高まっている気がする。ここでいま一度、国学者たちの「まなざし」から捉え直し、彼らの本当の思想と学究の成果を「やさしく」学んでみたい。最適なのが本書である。

▽A5判、227頁、1890円
▽戎光祥出版=03(5275)3361


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