神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
神道展示館訪問 : 鹿島神宮宝物殿

国宝「直刀」に見る勇壮剛健の気風

今も昔も万物長久の願い

 東国きっての大社、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮(御祭神=武甕槌大神)。その創始は皇紀の始まりにまでさかのぼる。
 天照大御神の命を受けて武甕槌大神は、経津主大神とともに「国譲り」と国土平定に挺身した。やがて神武天皇が東征の途次で窮地に陥ったとき、武甕槌大神は「P霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」をくだし、その神威で神武一行は力を盛り返した。こうした神恩に、神武天皇は即位に当たって東国の要、鹿島の地に武甕槌大神を祀ったという。すなわち皇紀元年ということになる。
 このような由緒から鹿島神宮は、国土建設とくに関東開拓の象徴として古くから東国武士団の尊崇を受け、剣に象徴される勇壮堅固の風を保持してきた。現在でも万物の繁栄と長久を願う崇敬者が絶たない。
 素朴だが剛健な気風は、年間80を超える祭典行事や、森厳な神域のたたずまいにも感ずることができるが、宝物館の展示にも同神宮の歴史の重みが漂う。
 代表は全長約3mもの「直刀」(国宝、附・金銅黒漆塗平文拵)。反りの殆どない、まさに直刀である。奈良時代の製作と推定され、「常陸国風土記」にある慶雲元年(704)、当地の砂鉄で刀を鍛えたとの記事にほぼ符合するのは興味深い。例の「P霊剣」は崇神天皇の代に大和の石上神宮に奉斎されたので、改めて神剣「P霊剣」を作ったのだという。2002年の日韓共催「ワールドカップ」を記念して、同規模の「平成の大直刀」製作が試みられたとき(当地は鹿島アントラーズのホームタウンである)、最新技術をもってしても難航したというから、古代の刀工技術の高さは驚異である。
 源頼朝が鎌倉開府に際し、平安を願って奉納した馬に添えた「梅竹蒔絵鞍」(重文)は貴重。ほかにも、亀卜占いに用いた「亀甲」(ひび入り具合が実際に分かる)など、目を引く宝物も多い。宝物館では「当神宮が東国武者の心の拠り所として大きな存在であったところをぜひ感じてほしい」と話している。


▼開館9時から16時
▼入館300円
▼鹿嶋市宮中2306-1 鹿島神宮境内
▼電話0299(82)1209


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