神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
From Abroad - 外国人研究者紹介
李 美子 氏

歴史学〔渤海史〕
浙江工商大学日本文化研究所講師

遣唐使を派遣した諸国の横のつながりにも視点を

 九州大学大学院に留学以来ちょうど10年、福岡に滞在した。この間、修士、博士課程を経て、修了後は九州産業大学で教鞭を執り、九州大学では助手を務めた。専門は渤海史を中心に東北アジア・朝鮮史。現在は帰国し、中国の大学で講師を務める。
中国から敢えて日本にやって来て、渤海史の勉強、研究――と聞くと不思議な感じがするが、これには理由がある。
   延辺大学卒業後、地元の延辺歴史博物館に館員として入ったが、仕事柄、渤海の遺跡や遺物に接する機会が多かった。「調べていくと、当時も、周辺との間で民族問題や領土問題を抱えていたことが分かりました」

国家観や民族観の影響を抜き去って実態を把握

    ところがここで、小さな波ではあるが課題が膨らんでくるのを感じた。「じつは歴史研究において研究者は、自身が帯びている国家観や民族観に影響を受けることがしばしばあるのです。歴史をまとめた過去の、あるいは現在の編纂者や歴史家にもこれは当てはまります。そもそも私自身、朝鮮系の人間ということで、大学時代は中国史よりも朝鮮史に関心が向き、高麗史に関する卒論を書いたのですから」
    こうした事態は過去の歴史を実態的に把握しようとする場合、かなりの障害となる。「まずは文献を読むにしろ、書いた人、編纂した人が受けたその時代の国家・民族観を把握しなければならない。そのうえで主観を脱して、外から客観的に冷静に歴史を勉強しなければならないわけです」

    東北アジアが舞台だった渤海史。自身にしろ、周囲にしろ、ある意味で内部的であるがゆえの困難がつきまとう予感を感じ始めたとき、「外から客観的に」勉強できるチャンスがやってきた。日本へ留学できるという話を聞き、「日本という外から渤海史を覗いたらどうなるか」。一衣帯水ではあるが九州に渡り、リセットした状態で本格的な研究に入っていった。史料の検討から渤海国の社会経済を探り、渤海の遼東半島の領有問題を整理するなど、日本で発表した論文も何点かある。
    「結局、歴史とは『何かのためにある』というのではなく、われわれ後世の人間が『勉強する』ものだと考えています。祖先の経験したことを素直に勉強して、いまの現実社会を豊かにしていく、そういうものなのではないでしょうか」

◇   ◇

    今、関心をもって取り組んでいるのは遣唐使に関する研究。渤海史の時代対象が唐時代に当たるからだ。「日本の遣唐使を含めた、新羅や渤海など諸国の遣唐使の比較研究です。これまではそれぞれの唐との縦の関係が多かったが、派遣した国同士の横の関係を見ることで、縦の視点を横に移した新しい遣唐使像を考えてみたい」
    このような視点で見ていくと、日本の遣唐使の派遣回数や頻度などは新羅や渤海のそれをはるかに下回るという。かえってその時代、日本は唐よりも新羅や渤海との交流を頻繁に行なっている。「あるいは唐の文物を遣唐使としてだけでなく、新羅・渤海との交渉を通じて間接的に入手していましたし、商人を介してのルートもありました。横の考察が日本のこれまでの遣唐使像を変える可能性もでてくるのではないでしょうか」
    「化学では一つの分子を明らかにするために様々な方法や道具を使って数百回も実験を行なうといいます。歴史の事実も、同じく様々な視点から研究を重ねることで、その事実が把握できていくのだと思っています」

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