国の将来を託す参議院議員選挙が真っ盛りの今日、「年金問題」をはじめ諸問題が山積しているが、2年前、「郵政民営化」のワンイシューで選んだはずの衆議院議員たちが、教育基本法はおろか憲法改訂の発議までしてしまうことに違和感のある人は、その流れを変える最大のチャンスが来たと自覚して投票行動すべきである。「ナントカ還元水」騒動で現職閣僚が自殺するくらいだから、おそらくこの国の政治家たちに、国難に当たって危機管理ができる人材は何人いるであろう。
また、「優秀」といわれる日本の官僚機構のひとつである社会保険庁のあまりにも杜撰な年金資金管理が問題になっているが、そもそも、私はこれまで「この人は賢い」と思った官僚に出会ったことがついぞない。ということは、私の人を見る目がよほどの節穴であるか、世間の人々の「優秀」の基準がよほど低いかのどちらかである。もし、前者だとすると、私がこのエッセイを書いていること自体がナンセンスになるので、仮に後者だったとすると、この「世間」のレベルの低下は何によってもたらされたものであろうか?
後者だと類推するに足りうる状況のひとつが、近年、いやというほど報じられているような、親が幼気(いたいけ)なわが子を虐待死させたり、身近な人に保険金を掛けて殺害したり、僅かな金品を奪うために高齢者に乱暴狼藉を働いたり、ネットを使ったいじめのような、いわゆる「モラルハザード(社会道徳規範の崩壊)」である。
では、このモラルハザードが何故、21世紀の日本社会に蔓延してしまったのであろうか? いろいろな理由付けが、政治家やマスコミをはじめ各種評論家からも指摘されているが、私は、そのどれも、確かにある一面では正しい分析を行っているけれど、だからといって全面的に承認しうるような説明になっていないような気がする。いわんや、それらの人々が提示するような方法で、この日本のモラルハザードが画期的に修復されるとは思えない。そこで、このモラルハザードの原因として、ひとつの仮説を考えてみた。しかも、このモラルハザードを回復するための具体的な処方箋まで付けてである。
それは、10年以上続いた「超低金利政策が原因だ」と断定することである。おそらく、大多数の読者の皆さんは「そんなむちゃな」と思われるであろう。でも、超低金利政策は何をもたらせたか? 長年にわたって真面目にコツコツと働いてお金を貯めてきた人の預貯金が目減りし、その反面、先に湯水の如く使いたい放題金を使った連中(政府も企業も含む)の借金の返済が楽になるということを超低金利政策は目的としてきたのである。こんなことが正しいことでないことは、小学生でも解るはずである。
「イソップ寓話」の『アリとキリギリス』の話を知らない人はいないであろう。暑い夏、懸命に働くアリをばかにして遊び惚けたキリギリスが、冬にアリの元へ糧を乞いにくるという説話である。イソップ(アイソーポス)は、2600年以上も昔のギリシャの奴隷作家である。元々は『アリとセミ』という譬え話であったが、英訳される際に、寒冷な英国にはセミが馴染みないので、キリギリスに換えられたのである。この話がポルトガルから日本に伝わったのは400年以上も前のことであり、『伊曾保物語』として何度も版を重ね、江戸時代初期にはかなり多くの日本人がその内容を知っていたのである。当然、そこでは『アリとセミ』であった。因みに、「イソップ寓話」がラテン語からフランス語や英語に翻訳されたのは、日本語版より時代が遅れるというから驚きである。
超低金利政策とは、分かりやすく言えば、真面目に働いたアリがばかを見て、遊び惚けたキリギリスが得をするという政策である。このような政策をとる国が乱れない道理はない。ヘッジファンドは、「円キャリトレード」といって、実質ゼロ金利の日本で一兆円借りて、金利5%の欧米で運用すれば、一年後には何もしなくても500億円儲かるのである。これは、本来、日本の預金者が受け取るべき金利であったはずである。それを日本政府の借金を軽減するため、この10年間に本来日本人が受け取るべきであった350兆円の金利が、国外に流出してしまったのである。国内に居ると、収入が減ってもデフレで物価も下がったので、あまり苦しい気がしないが、「円キャリ」のせいで、日本円は1973年以後、世界の各通貨に対して最も安くなっているのである。今年になって既に四回海外に出かける用事があったが、ユーロやポンドや豪ドルに対する円の購買力平価の下落には目を覆いたくなる。
約千年前に活躍した北宋の政治家范仲淹の有名な言葉「先憂後楽」を、今こそ官民挙げて実践して欲しいものである。
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