![]() |
From
Abroad 外国人研究者紹介 王 宝平 教授 中国・浙江大学日本文化研究所副所長 中国・浙江工商大学日本語言文化学院教授 日本・二松学舎大学COEプログラム事業担当特任教授 |
清代における日中の学術・文化交流をまとめる 日本から中国への影響にも触れ “ 書物の交流” と “人の交流” このほど、清朝時代における日中学術交流・文化交流の足跡をまとめた『清代中日学術交流の研究』(汲古書院)を上梓した。同氏の専門である清代の日中関係史における研究の一大成果である。 「中日の交流研究には偏りがあって、一つは明治維新から日清戦争までの明治時代前半における研究が少ないこと、もう一つは中国から日本への影響はよくいわれるが、逆の影響も少なからずあったということです」 これらの偏重を平均化すべく、主要な図書館や公文書館などを訪ね、研究の希薄な部分の資料を徹底的に収集した。この活動を同氏はここ十年来続けていたのである。 「とくに日清戦争以前の学術における交流資料は両国ともに散乱していたので、学者にとってはこの部分の研究が非常に難しかっただろう」と同氏は指摘する。その意味でもこのたびの刊行は貴重なものとして注目されることになりそうだ。 日本から中国への影響、そして神道との関連でも興味深いのは、非常にレベルが高く、日本研究の古典とも言われる『日本国誌』。ここに神道に関する言及もあり、中国側からの神道研究の一端をうかがうことができる。「この本が独創なのか、他人の引用なのかは議論が分かれていたが、調べた結果、少なくとも水戸藩の学者である青山延寿の歴史書を引いていることは確か」だという。『日本国誌』のほかにも、とくに『吾妻鏡』を巡っての日本からの影響についても指摘しているのが興味をひかれる。 勿論、中国から日本へ影響を与えたものもある。珍しいものとして、江戸時代に入ってきた中国の文法書『助語辞』などという専門書も紹介している。 『清代中日――』は以上に述べたような書物による交流≠セけでなく、全体の三分の二にあたる十章を人間の交流≠ノ充てている。あまり一般には知られていないが、明治時代の前半には外交官と文人という二グループの交流があり、それぞれが両国を往復していた。そのような学術的であるとともに文化的な色彩のある交流も関心が持たれるところだ。 王氏は現在、二松学舎大学大学院の特任教授として日本滞在の期間も長く、両国で開催されるシンポジウムや研究会などで積極的に研究成果を発表している。 |
Copyright(C) 2005 ISF all rights reserved 当ウェブサイト内の文章および画像の無断使用・転載を禁止します。 |