神道国際学会会報:神道フォーラム掲載

書評
"YASUKUNI, the War Dead and the Struggle for Japan's Past"
(靖国 戦死者と日本の過去をめぐる争い)を評する

S.T生(ジャーナリスト&神道志人)

 

   日本の情報を、世界に発信するのは難しい。大きな壁は、日本語である。いくら優れた情報や意見でも、日本語で発信される限り、世界には広がらない。インターネットや翻訳ソフトの登場した現在でも、基本的な構図は変わらない。とくに、靖国問題のように複雑多岐にわたる事象については、そうである。そんななかで本書の登場は、英語をとおして世界に発信するという点で、まことに貴重と思料する。そして、何よりも、編者ジョン・ブリーン氏が述べているように(20頁)「多方面からの権威ある意見」の開陳が企図され、いわゆる左右両派の均衡と客観性という点で、現在の論壇においては最善に近い、八人九本の論が収録されていることが、本書最大の眼目であろう。ブリーン氏の慧眼と努力に、大いなる敬意を表したい。
   収められた諸論につき、綿密に論じるなら、一書をもなし得る主題だが、ここは、以下の点に絞り、簡略に記させていただく。便宜上、対外と国内にわけて考える。
対外問題で重要なのは、中国の論難の本質は、政治問題だということ。キャロライン・ローズ( 32頁)、王智新(73, 75頁)、石平(93, 100頁)の各氏等は、それぞれの立場からこの点を論じている。さて、日本政府は、政治的社会的観点から中国の論難にきちんと対応したのか。答えは、否と言わざるをえない。
   先の戦争の指導責任は、いわゆるA級戦犯を含む政府軍部のトップにあるのは当然のこと。量的にもそうだし、法的政治的という質的にも。しかし、戦争を支持し、煽りまくった言論界、教育界、経済界等の要人の社会的責任、国を挙げての戦さを我が事とした国民の道義的責任(戦争責任というより、当事者としての主体責任とでもいうべきか)等、責任が皆無とは言えないではないか。日本人の「多数」(全国民ではない。反体制活動で投獄されたり、消極的にせよ戦争批判をした人達等にも、その責があるとはしない)に「応分の責」があり、その点を毅然と表明することによってのみ、指導層と国民を分離させるという「歴史の事実に反した」中国の主張を論破できると私儀、かねがね主張し、要路に訴えてきた。この応分の責任論の一端に言及したのは高橋哲也氏のみ(116頁)であり、内外論壇の論議、未だしとの感を拭えない。
 中国の無神論や唯物論に対するケヴィン・ドーク氏( 55頁)や石平氏(98 頁)の批判等は、国際間における靖国問題により広範な視点を与えているが、そうした論は、いずれも、中国の政治的主張に対する日本側の正面よりの反論の必要性重要性をますます顕在化させているのではないだろうか。なお、米国のカトリック教徒であるドーク氏は、国家神道時代の靖国に遡り、日本人の立場や真情に深い理解を示し、靖国神社や神道の真の姿に接する機会の少ない英語圏やアジアの読者層に大きな影響を与えるものと思料する。
 こうした対外論争に比べると、国内問題は、はるかに根が深く、深刻である。フィリップ・シートン氏が本書巻末論文の結語(188頁)で、先の大戦への評価の違いが、戦後60年たった今も、日本自身と東アジアを引き裂いている、と指摘しているとおりである。しかし、先の戦争のような大戦が、単一の理由で起きるはずもなく、複合的な要因をもっていたことが「歴史の真実」である以上、重点の置き方に差はあるとしても、戦争の歴史認識については、ある程度の合意は可能ではないだろうか。
歩み寄り不可能というか、越えることの出来ない断絶は、新田均氏と高橋哲也氏の所論(常々の論を含め)に見られるような、この国の形に対する根本的な見方の相違であろう。即ち、戦後日本の体制を、悠久な歴史の一節と観るのか、1945年を境に、日本は、本質的に新しい国家になったと観る(私儀、「45年症候群」と名付けている)のか。これは畢竟、天皇制度に対する考え方や対応の違いにまで行き着くのであり、靖国問題の真の困難さは、この点に存すると思うのだ。
   最後に、6人が取り上げている遊就館につき、一言述べたい。あの市谷台一号館(大戦中は陸軍中枢部が置かれ、東京裁判の舞台。戦後、陸上自衛隊東部方面総監部等。三島由紀夫自決の場)が解体された平成七年、この建物ほど、大戦の歴史博物館にふさわしい場所はないと私儀、誌上で論じたことがある。以来、政府の責任により、先の大戦の総合的複合的歴史博物館が作られるべきと考えてきた。そして、現遊就館の展示の中には、この歴史博物館に収めた方が適切と思料される事象があると思うのだ。しかし、政府や世論の無策と怯惰により、総合戦争博物館を目指す具体的動きなど、ない。改装前の遊就館展示室のほの暗い影のなかに、英霊の木霊を感じさせていただい身として、あえて記した次第である。
(平成20年2月11日、建国記念の日に)
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