世界のために働いてこそ「先進国」人
東京都が2016年に再び夏季オリンピックを招致しようと名乗りをあげている。さきごろ、国際オリンピック委員会(IOC)の評価委員団が来訪して、さまざまな角度から東京都の現地調査をして行った。ナワル・ムータワキル委員長の記者会見をみていると、はじめて海外旅行をした時のことが頭をよぎった。
あれはようやく敗戦後の混乱から抜け出して、アジアで初となる東京でのオリンピック開催が決まり、都内は建築ラッシュ、そして新幹線の建設もあって、日本中が勢いづき始めていたころだった。
まだ海外渡航は自由化されておらず、渡航目的の厳しい審査のため、外務省や大蔵省などへの提出書類がかさばった。持ち出しできる外貨(米ドル)の金額は制限されており、当時の公定レートは1ドル360円。ただし、航空運賃は日本円で支払うことができたので、世界一周の空の旅だけは確保された。出発する羽田空港には見送りに来てくれた友人知人にまじって、わが子の鹿島立ちを見ようと紋付羽織袴の父の姿もあった。当時はまだ海外に出る日本人は希少で、歓迎もされたが、一方では目立つ存在であり、立ち居振る舞いに緊張する日々でもあった。あの頃の日本は、まだ発展途上国の一つであった。
いまや、「先進国」とおこがましくも名乗る日本人の姿は世界中にあふれていて珍しくもない。家族連れで気軽に飛んでいく。今年のゴールデンウィークは休みを数日とれば16日間も連続で休めるという。世界的不況といわれているが、日本でじっとしているより、海外に行くほうが格安感もあり、長期の休みをとるように勧める勤務先も多いので、国際線の飛行機は満席だそうだ。有名レストランで食事をするのもブティックで買い物するのも結構だが、汗して働いている現地の人々の姿も見てきてほしい。
10月2日にコペンハーゲンで開かれるIOC総会で、東京で2度目のオリンピック開催がもし決定したら、海外から大勢の人々が押し寄せることだろう。だがオリンピックで来日することができるのは、世界でもひと握りの人々にすぎないことを忘れてはならない。地球上にはまだまだ外国に行くどころか、教育を受けることもままならない人々がいるのだ。国々や人々の間に格差がひろがっていることに思いを馳せる。持つものと、持たざるものとの貧富の差、宗教の名による争いの絶えない実情。生命の価値観の下落など、難問が山積みの二十一世紀。今こそ日本人が、人類の明るい方向性のために活躍してくれるよう願わざるを得ない。
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