神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA 『裁判員を拒否する人は…』
三宅 善信 師

    いよいよこの5月21日から裁判員制度が施行される。「市民感覚を司法の現場に導入する」という大義名分のもと、2004年の同月同日に成立し、5年間の周知期間をもって施行される『裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(通称「裁判員法」)』に基づいて、国民が直接公権力の行使に関与する制度である。
    この新制度は、わが国の社会のあり方に画期的な変化をもたらす可能性がある。なぜなら、「市民革命によって成立した政権」を経験したことのない日本では、裁判は文字通り「公事」であって、支配者である「お上」の専権事項だったからである。また、一般市民の側も、「刃傷沙汰」や「色恋沙汰」といったように、ネガティブな意味を有する「沙汰」をつけた「裁判沙汰」という言葉が示すように、裁判の場に関わること自体、健全な市民のすることではないと捉えられる傾向があった。
    読者の皆さんの中にも、すでに地元の裁判所から『裁判員候補者』に選ばれた旨の通知を受けている人も何人かいるであろう。毎年、全国平均で350人に1人の割合で当たるそうなので、20歳から70歳までの50年間と考えても、7人に1人の人が、一生の間に1回は「凶悪事件の裁判員に当たる」計算になる。私の暮らす大阪府なんぞ、犯罪発生率が全国平均より遥かに高いので、裁判員に選出される確率は5分の1くらいであろう。
    裁判員制度が適用される刑事訴訟は、死刑や無期懲役・禁固刑等が判決として想定されうる殺人・強盗致死・現住建造物放火・強姦致死等の凶悪事件の裁判である。裁判員に選ばれたら、3人の職業裁判官と共に6人の裁判員は、公判課程において事件の証拠となる凄惨な殺人現場の写真なども精査しなければならないので、気の弱い人などトラウマになってしまう可能性がある。その上、もし、死刑判決など下そうものなら、たとえ被告が極悪非道な犯罪者であったとしても、一人の人間のいのちを奪ったという心の重荷を一生背負って生きてゆかねばならないことになる。
    この裁判員候補者は、衆議院議員の選挙人名簿から無作為に抽出されるのであるが、「就職禁止事由」として国会議員や自衛官や法曹関係者は除かれ、被告や被害者の家族や事件の関係者も「不適格事由」によって除かれるが、それ以外の大多数の国民には、「正当な辞退事由」がないかぎり、裁判員候補に選出されたら拒否はできないので、日本国憲法に規定されている教育・勤労・納税の三大義務に付け加えられる新しい「国民の義務」となっている。ここで言う「正当な辞退事由」となりうる「重要な用務」いうのは、本人が高齢や入院中あるいは就学中を除けば、家族の介護や育児の代わり手がいないということであって、「仕事が忙しい」程度では「重要な用務」としては認められない。
    もちろん、サラリーマンが「決算期でとても忙しい」程度の事由では、裁判員になることを忌避することは認められない。よほど、余人を以て代え難い「その人」でなければできないような仕事(例えば、歌舞伎興行の『勧進帳』で弁慶を演じている市川團十郎とか、将棋名人戦の真っ最中の羽生善治名人とか…)ならば、「多忙に就き裁判員に就けない」という事由は十分通用するであろう。しかし、重要な祭礼や法要を務めなければならない神職や僧侶の場合はどうなるのであろうか? おまけに、僧侶の場合、「不殺生戒」があるので、裁判員を受けること自体が憚られるのではないだろうか?
    それ以外にも、日当が数百万円にもなる一流スポーツ選手や売れっ子芸能人等は、裁判員として時間が割かれること自体、大変な遺失利益になるであろうから、これを忌避する正当な事由になるであろう。そこまでいかなくとも、裁判員の日当は「一万円以内」だそうだから、年収が一千万円程度の管理職サラリーマンなら、日当換算で三万円になるから忌避できるのであろうか? 零細な個人商店主なんぞの場合は、「臨時休業」で経営に深刻な影響が出るかもしれない。
    しかし、一般市民への事前のアンケートで、裁判員を「忌避したい理由」のナンバーワンであった「人の一生を左右するような重要な判決を下すような重い責任は負いたくない」という理由はナンセンスであるとしか思えない。われわれ日本国民は、衆議院議員の総選挙の度ごとに、最高裁判所の裁判官の国民審査を行っている。一国の最高裁判事――個別の刑事裁判の有罪・無罪の最終決定者――の運命を左右する重大な「国民審査」を軽い気持ちで行っている国民が、たかが個別の殺人事件に対する有罪・無罪を判断することへの責任を負いたくないというのは、虫が良すぎるのではないだろうか?

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