神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA 『無農薬有機栽培というエゴ』
三宅 善信 師

  意外と思われる向きもあるかと思うが、私は幼少の頃から植物の栽培が好きである。「年中無休24時間営業」のコンビニのような人生を送っている私であるが、出張などから帰ったときは、妻子よりもまず、玄関先の植木鉢の生育状態チェックである。よく、家人やスタッフから「人にはとても厳しいのに、お花は猫可愛がりなんですね?」と嫌みを言われるが、当たり前である。仕事のできない奴ほど、手加減してやらないとすぐに逃げる(責任放棄する)し、失敗をちょっと叱責すると、逆ギレする輩までいる。その点、植物は、せっせと延ばしたその枝を突然に剪定されようが、うっかり灌水を忘れて枯らされようが、文句一つ言わずに、自分に与えられた場を精一杯生きている。まさに「一所懸命」である。人たる者もかくありたい。
 この時期、私の家庭菜園には、イチゴ・スイカ・ナス・トマトなどがたわわに実っている。初生りをもいでは神前に供え、天地自然の恵みに感謝してから頂く。まさに、その「いのち」を「頂く」から「いただきます」である。もちろん、家庭菜園と言っても、コンクリートに囲まれた大阪市内に暮らしているので、大きめの植木鉢が10数鉢とプランターが2個あるのみである。それでも、あんなちっぽけな鉢で育ったのに、鮮やかなナスの紺色や最近のトマトの甘さやイチゴの大きさには驚かされる。
 ところが、私が手塩に掛けた果物や野菜は、妻子やスタッフにはすこぶる評判が悪い。味はマーケットで売られているそれらの商品と遜色ないと思うのであるが…。理由は、一点に尽きる。その肥料に私自身の尿(稀釈発酵させたもの)と私が飼っているカブトムシやクワガタムシの排泄物(幼虫がクヌギのおが屑を消化したもの)を使っているからである。私の尿なんか、通常のアンモニア(窒素分)だけでなく、体調によっては糖分や蛋白まで下りているから、栄養たっぷりのはずである。しかし、その話を聞きさえしなければ、おそらく「甘くて美味しいね」と言って食べたはずの野菜や果物は、彼女らの目には、忌避されるべき禍々しい物体へと成り下がってしまうのである。
 ところが、私自身は、スーパーやデパ地下で農作物を買う時、それが「有機・無農薬栽培」かどうかなんかは一切気にしないが、彼女たちは「これは有名な○○農場産の無農薬」とか「××X式有機栽培」とか言って、かなり値の張る野菜や果物を自慢げに購入してくる。それで、「私は健康に気を遣っている」とか「地球に優しいエコ」とか、したり顔で自説を開陳する。そこで、私はすかさず、「じゃ何故、メイド・バイ善信の有機・無農薬野菜(果実)を食べない?」と訊くと、「そんなもの嫌です!」と答えが帰ってくる。私は追い討ちをかけて「どこの馬の骨か判らない奴の糞尿がかかっているかもしれない野菜を有り難がって食するくせに、由緒正しい私のオシッコが…」と喧嘩になる。それどころか、「あなたのせいで、玄関先に子バエが湧いて気持ち悪いから」と言って、たかが子バエのために、ゴキブリ退治用の強力殺虫剤を私の大事にしている野菜や果物に吹きかけている。
 私は、二十世紀を代表する十の偉大な発明に、農薬と化学肥料を数える。数千年間に及ぶ人類の耕作の歴史上、初めて登場した農薬と化学肥料は、農業のあり方を劇的に変え、その収穫量を格段に飛躍させた。都会のコンクリートで囲まれたわが家の植木鉢にも害虫≠ェどこからともなくとも飛んできて食害するのであるから、豊かな自然環境に囲まれた農地では、農業とは「害虫との闘い」を意味するのであろう。同様に、農作物を栽培するということは、単なる光合成による炭酸同化作用だけではなく、大地からそれだけの栄養分(窒素・リン酸・カリや各種ミネラル分)を簒奪することであるから、連作するには必ず、なんらかの料≠施さなければならない。
 FAO(国連食糧農業機構)やWFP(世界食糧計画)等の資料によると、化学肥料を使わないとなると、世界の農産物の収穫量は半減する。さらに農薬を止めると、せっかく実った農作物の半分が害虫に食害されるそうである。つまり、「無農薬有機栽培」にすれば、世界の農業生産量はわずか4分の1に減少してしまうのである。65億の人類の内、九億人が飢餓や栄養不良に苦しみ、地球上で毎日、2万5千人が飢えでいのちを落としているという事実を皆さんはどう考えるのか? なるほど、豊かな先進国に暮らすわれわれは、世界的な不作によって、たとえ穀物の値段が5倍になったとしても、毎日同じだけのカロリーの食事を楽しむであろう。しかし、もしそのような事態になれば、世界中で50億の人々が、深刻な食糧危機に陥るであろう。あなたは、そんな事態になっても、自分だけ「無農薬・有機野菜を食べたい」というのであろうか? フランス革命前、貧困と食糧難に陥った民衆に対して、「パンがなければ、ケーキを食べればよいではないか?」と言ったと伝えられるマリー・アントワネットのように…。

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