今年の夏の電力不足を乗り切るため、企業ごとのサマータイムを導入したり、夏季休暇の日数を増やしたり、休日に機械を動かしたり、電車の運行本数を減らす、というように様々な工夫がされているのはさすがに日本であると言えよう。このような「自粛」努力は企業活動に支障をきたさなければよいが、行き過ぎると日本の基幹産業の効率低下を招きかねない。
東北大震災後の自粛ムードが全国的に広がるなかで、ホテル、旅館、旅行会社を含む観光業全体が壊滅的な打撃を受け、行き過ぎた自粛の見直しの必要に迫られたのもその一つの例であるが、無理をしないで、国民の一人一人が僅かばかりの不便さを我慢すれば、総合的に節電につながる方法はあるはずだ。という視点で見てみるといくつか浮かび上がってくる。そのうちの一つが年中無休営業の廃止である。
この数十年間、消費者が当然のように要求し、企業側もそれに右へ倣えでこたえてきたのが、デパート、スーパーマーケットなど大型小売店の年中無休営業である。一日も休まないどころか、「消費者のニーズにこたえるため」毎日の営業時間を延長し、店によっては24時間営業を売り物にするところさえある。これは考えてみれば消費者にとって「贅沢」の極みではなかろうか。
いつでも、どこでも、何でも買える、という便利さを少し我慢しても、消費生活全体に影響はないはずである。大型小売店が週休制度を復活させ、交代で休むだけでも電力消費は、少なくともこれらの店舗の従来の電力使用量の七分の一は減る訳だし、消費者に対する企業イメージが損なわれることもない。消費者は行きつけの、お好みの店があるとしても、週のうち6日間はその店で買い物ができるうえに、緊急に必要とするものがあれば他の店舗で買えば、なんの問題もない。というわけで、大型小売店法を改正して週休を義務づけ、営業時間を短縮させ、消費者もこれを受け入れれば、産業構造に悪影響を与えることなく節電が可能になる。ほかにも先行順位の高い節電の仕組みがあると思うが、それは次回に譲ることにしよう。 春 秋 子
太平洋戦争後最大の危機をもたらせたこの度の東日本大震災で、しばしば繰り返された言葉に「想定外」と「安全神話」がある。何も国家や地方の行政でなくとも、大企業から幼稚園に至るまであらゆる団体は、一定の施策を講じる際には、なんらかの「想定」を立てなければ具体的な予算や事業計画が立てられないから、必ずなんらかの「想定」を立てることになる。
その際、政治家や経営者が最も勘案するのは、「費用対効果(B/C)」であることは言うまでもない。例えば、「高さ100メートル×厚さ100メートルの防潮堤で日本列島の回りを完全に取り囲めば、どんな大津波が来ても恐くない」などという話がナンセンスなことは誰の目にも明らかである。何故なら、何百年に一度、いつどこで襲ってくるか判らない大津波に対してのみ、福祉も教育も防衛政策も放棄して、際限なく税金を投入してこれに備えるといったB/Cを全く無視した政策が受け入れられるはずがないからである。
ならば、どこかに「一定のメド」を付けなければならないであろう。そこで登場するのが「想定」という考え方であって、この「想定」は、可能性(possibility)ではなく蓋然性(probability)によって決められる。この蓋然性と費用対効果を勘案して方針を決定するのが政治であり、経営である。
しかし、可能性と蓋然性との間には「差」がある。とは言っても、可能性にだけ基づいて意思決定をするのは政治(経営)ではない。そこで、この「差」を埋めるために「安全神話」が創り出される。あらゆる神話は、あるべき姿と現に眼前に存在する姿(現実)との「差」を埋めるための都合の良い説明として生み出された。たとえば、「何故、神の似姿 として創られた人間(アダム)に、苦しみや寿命があるのか?」という問いに対する答えが『創世記』に記された失楽園のエピソードであるように…。
この意味で、人類は常に「神話」を創り続けてきた。この神話づくりには、古代においてはシャーマンが奉仕し、現代においては科学者がお先棒を担いできた。もちろん、人類史上初の核兵器の犠牲者となった日本人が、いかにエネルギーを得るためとはいえ原子力発電を推進するためには、核技術の危険性に関する可能性と蓋然性の差を埋める「安全神話」が必要であったことは言うまでもない。
およそ人類が新しいものづくりに挑むときには、「新しい神話」を創り出す必要がある。世界初の共和制民主主義国家として1776年に建国されたアメリカ合衆国でさえ、自分たち(ピューリタン)が英国から大西洋を渡って新大陸へ移民してきたことを「信教の自由のため、ファラオのくびきから逃れて、"約束の地" を目指して紅海を渡ったモーゼの出エジプト」に準えて、アメリカを「新しいイスラエル」として位置づけた。また、"神 " を否定しているはずの共産主義国家の多くが、その「建国の父」を神格化していることに疑いを挟む人はいないであろう。大企業の創業者もまた「伝説化」されるケースが多い。
逆を言えば、人間が何かを始める際には、みんなが乗ることのできる「新しい神話」が必要なのである。来年(2012年)で、『古事記』が編纂されて1300年になる。一般に古事記というと、何か大昔の荒唐無稽な神話が載っている書物という印象が強いが、実際には、壬申の乱の結果、成立した律令制中央集権国家である天武朝の現秩序を正当化するための手段のひとつとして策定された書物である。諸豪族の間に古代より伝承していた多くの物語を、新しい国家づくりのために取捨選択し、都合良く潤色したものである。
東日本大震災という未曾有の国難に対して、政治は、被災地の「復旧や復興」といった小手先の対処ではなく、原発問題も含めて、これを、明治維新と敗戦に次ぐ近代日本における「第三の建国」として位置づけ、明治維新の際の天皇制国家や廃藩置県、あるいは、敗戦後の民主主義や平和憲法といったような従前の常識を一八〇度ひっくり返すような新しい国づくりが求められている。
それには、「新しい神話」が必要である。古事記が編纂された時代に人々は、その神話の中に登場する神々の行いを、直前や同時代の具体的人物に比定しながら読んだことであろう。古事記の物語とは、イザナギ・イザナミの話にしろ、オオクニヌシの話にしろ、ヤマトタケルの話にしろ、皆「国づくり」の物語である。そして、これらは皆、「あるべき姿」と「現にある姿」の差を修正するために創り出された物語である。『国譲り』神話なんか、現在の政局の当事者にもしっかりと読んでもらいたいくらいだ。今こそ、日本国民一丸となって新しい国づくり神話を創ってゆくときである。
今年度第一回の常任理事会を開催
本会の平成23年度第1回常任理事会が6月17日、都内で開かれ、役員のうち会長以下、副会長、常任理事が当面の懸案事項を話し合った。
そのうち特に、7月10日に和歌山県田辺市で開催する国際シンポジウム「神仏の森林文化」に関しては最終的な確認と詰めを行ない、また、同シンポジウムに併せて開く本年度第2回理事会の上程議案についても協議した。
浙江工商大学に「東アジア文化研究院」設立
所長に王勇理事
本年2月24日、中国杭州市にある浙江工商大学に「東アジア文化研究院」が創設され、院長には王勇教授、副院長には陳小法博士が就任した。
当研究院では1989年に創設した日本文化研究所を母体にしつつ、さらに東アジア地域に視野を広げて研究をすすめ、なかでも、日本思想文化を重要な研究テーマとして取りあげ、より活発な国際交流を推進していく。
王勇理事は、研究院の設立にあたって「当研究院の設立準備は二年前に始まったが、当時、前理事長の梅田善美氏からは重要な提言と貴重な支援をいただいた。ここに記して故人に敬意と謝意を捧げたい」と謝意を表している。
"動く陽明門"の屋台が臨場感あふれる展示で
飛騨の匠から受け継ぐ美しく精巧な祈りの造形
山国の小京都、飛騨高山で春と秋に催される高山祭(国指定重要無形民俗文化財)は、壮麗な屋台が織りなす光景から日本三大美祭の一つに数えられる。とくに秋の高山祭の舞台となる桜山八幡宮(谷田吉和宮司)は今年5月、30年に一度の式年大祭という大きな節目に当たり、各町ごとに屋台を保存する屋台蔵が全て開扉され、先行きへの不安に覆われた人々の心に癒しや活力をもたらしたようだ。
高山祭の屋台は、古代から都の造営に徴用された飛騨の匠たちから連綿と受け継がれてきた伝統技術の粋を集めたもので、その均整のとれた優美な姿や細かな細工、からくり人形を自在に動かせる精巧さなどにより、"動く陽明門"とも形容されてきた。祭礼日にしか曳き出されない屋台を遠来の人たちにも間近で見てもらえるように、飛騨高山の観光を牽引した前宮司の代に高山祭屋台会館を創設。20年ほど前には、日本を代表する建築家だった故・大江宏氏に設計を依頼して新たな施設を建て、旧屋台会館を日光東照宮の精密模型を展示する桜山日光館に転用した。現在の屋台会館は、温度・湿度・光度などの最適な室内環境を保てる空気層を幾重にも配することで生まれた空間が、伝統様式の中で見事に調和している。
同館内では、秋祭りに曳かれる11台のうち4台を交代で実物公開し、文政年間に完成された日本一とも称される重さ約2トン半の大神輿とともに、高山祭が目の前で繰り広げられているかのような形で陳列。訪れる拝観者は間近に屋台を仰ぎながら、DVD映像やカンカコカンと鳴る闘鶏楽の音色によって、深い臨場感を味わうことができる。
同館館長をつとめる谷田宮司は「高山祭が単なる観光イベントでなく、神様を中心とした神事であることを屋台を通して理解してもらえるように展示しています。この屋台会館は飛騨高山が観光地として発展する元になりましたが、根底には深い祈りが流れていることの意義を改めて感じています」と話す。
▽開館時間=8時半から17時まで(3月〜11月)
9時から16時半まで(12月〜2月)
▽拝観料(桜山日光館との共通券)大人820円、高校生510円、小中学生410円
▽岐阜県高山市桜町178 桜山八幡宮境内
▽電話 0577(32)5100
ラ・ママ劇場での
「日本への祈り」に参加
4月25日、マンハッタン南部のラ・ママ劇場でチャリティイベント「日本への祈り」が開かれ、ISFも参加した。
東日本を襲った大災害からの復興を支援して開かれたこのイベントには、日本のアイヌの他、フィリピン、ハワイ、オーストラリアなど先住民の文化を継承する人々が集まり、それぞれの伝承文化に伝わる形で大地へ祈りを捧げた。
ISFからは、中西オフィサーが会場全体を祓い清め、降神の儀、震災復興祈願の祝詞奏上、続いて林原事務主任が神楽「浦安の舞」を奉奏した。
その後、それぞれの国の祈りの詞や音楽、踊りなどを通じて大震災を引き起こした大地を鎮める祈りを行なった。最後に再び中西オフィサーが、客席を埋めた200名を超える参加者とともに祭壇に参拝した後、昇神の儀を行い滞りなく祭典を執りおさめた。
会場の一角には、ISF職員手作りの絵馬「Pray for Japan」が置かれ、参加者が日本を応援するメッセージを書き込んだ。寄付金はラ・ママ劇場を通じて被災地に寄付された。
先住民問題に関する常設フォーラムに出席
第10回先住民問題に関する常設フォーラムが5月16日から27日まで開催され、ISFからは中西オフィサー、林原事務主任が国連総会議場での開会式に出席した。
冒頭で潘基文国連事務総長は、フォーラムが開かれるようになってからの10年間を「多難だが、先住民の人権や文化を守り促進するなど成果のあるものだった」と振り返った。また2007年に国連の総会で採択された先住民権利宣言の原則を一丸となって実施に移していくことを、列席した各国政府代表部やNGO団体に訴えた。
会期中は本会議の他、各国政府や国連諸機関、NGOが主催する様々な分科会が開かれた。先住民の保護や権利を訴える分科会に、連日のように出席した中西オフィサーは「日本の伝統文化を継承する神職として、世界の様々な先住民の伝承文化を守ろうとする人達と手を取り合い諸民族が共生できる社会を築いていきたい」と語った。
フロリダ州の日本庭園で雅楽演奏会
5月9日、ISFはフロリダ州マイアミ市のワトソン島にある市村日本庭園での春祭りに招かれ、中西オフィサーがコロンビア大学の学生2名と共に雅楽演奏を行った。昨年11月にこの庭園の秋祭りでISFが新嘗祭と七五三を奉仕したことがきっかけとなり実現したもの。
庭園の一角に設けられた特設ステージで、笙の中西オフィサー、龍笛のパトリシアさん、篳篥のエディさんが、午前・午後の2回、管楽器三管での演奏を行なった。
コロンビア大学では2006年に雅楽の授業を開講。開講に当ってはISFも協力し、小野雅楽会による雅楽演奏会もひらかれた。今はアメリカ人を中心に20名程の学生がアンサンブルを組んでいる。今回の演奏会では平調音取に続き平調による「越天楽」と「陪臚」、続いて太食調の音取、舞楽「抜頭」などの演目が演奏された。
観客は初めての音に聞きほれ、アメリカの南端でアメリカ人の学生が日本の伝統音楽を生演奏するのは感慨深いなどの感想が聞かれた。他にも地元ボランティアによる太鼓や紙芝居、武道演舞などが行なわれ、在住邦人の少ないアメリカ南部での貴重な日本文化との触れ合いを楽しんでいた。
国連広報局のオリエンテーションに参加
6月1日と2日、国連本部で広報局(DPI)主催のオリエンテーションが開かれ、中西オフィサー、林原事務主任が出席した。
毎年DPIが認可するNGOのスタッフを対象に開くもので、2日間にわたり国連の様々な部門からの職員が組織概要や役割について説明した。
国連経済社会理事会(ECOSOC)のアンドレイ・アブラモフ氏がNGO部門の責任者として登場し、国連にとって市民社会を代表するNGOの意見を意思決定に取り入れていくことの重要性を訴えた。所属するNGOの活動紹介をする時間も設けられ、ISFは中西オフィサーが軍縮や宗教間対話などの委員会に所属し、また機会をとらえて神道文化を伝えていると活動内容を紹介した。
21年ごとの式年遷宮
陸奥一宮・鹽竈神社
東北総鎮守・陸奥国一宮として尊崇される宮城県塩竈市の鹽竈神社は今年、21年に一度の「式年遷宮」を迎えた。本殿や拝殿の修復、殿内調度品の新調・修復など諸事業が進行中で、6月11日には左宮右宮本殿遷座祭、翌12日には本殿遷座奉幣祭を執行した。
3月11日に東日本を襲った大震災では、太平洋岸の塩竈市にも巨大津波が押し寄せた。周辺の市町に比べ被害は軽微だったとされるものの、市街地は地震と津波で大きな損害を蒙った。同神社は市街地を眺望する丘の上に鎮座するため、大きな損壊はまぬがれた。
市民にとって心の拠りどころ、"しおがまさま"で遷座祭が敢行されたことは、今後の地域再興にとって何よりの励みになりそうだ。
同神社は三本殿二拝殿という全国でも類例のほとんどない社殿構成で、その意匠や細部様式も含めて江戸中期の貴重な神社建築として価値が高く、国指定の重要文化財となっている。
現社殿は伊達家四代藩主の綱村公から五代藩主の吉村公の時代に造替されたもの。20年毎に屋根葺き替えなどがなされていたが、明治以降は「21年の制」が採用されて式年遷宮を執り行なっている。
津波で流された神社地に社号標を
宮城県神社庁
宮城県神社庁は今回の大震災で、とくに津波による甚大な被害を受けた沿岸部の神社と被災者を救援するため、内陸部を中心に県内全域、地域ごとに拠点神社を設定。そこに援助物資を集約しながら、沿岸部に物資と人をピストン輸送する体制で支援活動を行なってきた。
沿岸部では御社殿が津波で完全に流された神社も多く、行方不明のままの神職や住民の方々も少なくない。地域復興もふくめ、社殿再建の見通しは簡単に立てられないのが現状だ。
そこで神社庁では、神社の鎮座していた場所に注連縄で囲んだ空間をつくり、中央に白木の社号標を建てて、神社のあった証とすることにしている。産土様のましました地点を心に留めておいてもらうことで、将来のお宮再建に希望を託すことになる。
支援物資保管の大テント
大崎八幡宮
仙台総鎮守・大崎八幡宮では、東北大震災に際して、境内地に大テントを設営して全国から寄せられた多くの援助物資を保管した。また、「被災支援」の紙を張った車両を複数常備し、物資を被災地へ送り届けたり、神職や一般ボランティアら支援部隊が現地を往復して救援活動に当たるなど、援助に力を注いだ。
「宗教者災害救援マップ」を作成
稲葉・阪大准教授、黒崎・國大准教授ら
「大震災」の被災と宗教者活動の情報を地図に
3月に起きた東日本大震災に関して、宗教施設の被災情報、および宗教者が関わる救援活動の拠点が位置的に、かつ活動内容的に把握できる「宗教者災害救援マップ」が作成され、現在も情報集積と更新が進んでいる。
地図作成に取り組んでいるのは稲葉圭信・大阪大学准教授と黒崎浩行・國學院大学准教授を中心とするグループ。マップシステム構築チームの統括は黒崎准教授で、有志が入力ボランティアとして作業を進めている。
グーグルマップを土台に、アイコンの色分けで赤が「被災」、黄色が「要緊急支援」、白が「救援拠点」、緑が「無事」、紫が「被災者受け入れ情報」、青が「未確認」――と区分され、情報が落とし込まれている。地図掲載の情報や被災者受け入れ情報は一覧としても表示できる。
被災と救援の双方向における宗教者や宗教団体の動向が掴めるが、関係者らは、この地図を基礎に、状況の把握・共有からさらに進んで、復興に向けての宗教者連携が深まることを目指している模様だ。
グループでは、宗教者災害支援連絡会、宗教者災害救援ネットワークと連携し、宗教団体や宗教者、研究者、ボランティアの協力を受けながら制作するが、宗教者と教団関係者に対し、いっそうの情報提供も呼びかけている。
この「宗教者災害救援マップ」はhttp://sites.google.com/site/fbnerjmap/
新刊 『神 饌』
著者の南里空海さん(ジャーナリスト)に聞く
"神様の食事"から日本の食の原点を見つめる
日本の神様は、日本人にとって、ありありと生きている存在だ。だから祭事にはかならず、「神饌」という神様の食事が献ぜられる。
神饌というと今では、米や塩や酒、あるいは野菜や果物などを生のまま供する「生饌」が主となった。だが一方、古式に沿って、煮炊きや調理を加え、土地特有の形態で献ずる、いわゆる「熟饌」「特殊神饌」を守り続ける神社も少なくない。
本書では、この熟饌、特殊神饌を伝える神社を意欲的に訪ねる。掲載するのは東北から九州まで十八社。神饌の解説にとどまらず、そこから地域性や歴史性を探り、土地の人々や神主らの思いにも踏み込む。カラー写真が多く、神饌の美しさとともに、祭りや神饌に関わる人たちの姿や表情が非常に印象的だ。
◇
著者の南里空海さんは「日本人の精神性の深さ。それが神饌にもしっかり結びついている」と言う。「神様のお食事にまごころを込める。生きるための食≠ニいうものへの感謝の心がある。神饌は日本人の食の原点なのです」
伊勢の神宮では約1500年、毎日2回、日別朝夕大御饌祭を執行してきた。南里さんが神饌の取材を始める当初となった祭りだ。「お伊勢さんはまさに別格。献供する神饌に寸法があるほどですから、神に献ずることがいかに大事かを感じさせる究極の神饌≠ナす」
山海の幸の豊かさを彷彿とさせる神饌がある一方、たとえば銀鏡神社(宮崎県)の例大祭では猪が上がる。「山あいの土地ではかつて、稗と粟が主食だった。その稗と粟を食い荒らす猪は、また人々にとっては貴重なタンパク源でもあったわけです。その猪に感謝しながら、先祖は命をつないできた。私はそこに、いとおしさをおぼえます」
諏訪神社(青森県)の例大祭で供える野老(ところ)という野草は、根茎に繊維質の多い、にがみのある植物で、江戸時代には薬にしたという。これについても南里さんは、「たびたび飢饉に襲われたこの地では、野老は非常食でもあったわけです。かたくて苦い野老を長時間煮て軟らかくして、それを食して人々は生き延びてきたのです」
神饌を見ると日本人が何を食べてきたのかが分る。そして、それを神饌にすることが神様への最高のおもてなしだと考えた祖先の気持ちも納得できる。
「現代は食事も贅沢になり、もったいないという心もなくなってきた。でも今後は、数や物の論理から、質や文化が問われる時代になると思う。食も原点を見つめ直すときだと思います」と語る南里さん。「神や自然に対して畏れや恐れを表すのがお祭りであり祈りです。そのお祭りを通してこの国を再興してほしい」と、大震災で未曾有の危機に当面する日本のあり方にも思いを馳せた。
◇
『神饌』は世界文化社=電話03(3262)5115=刊。同社発行の月刊誌『家庭画報』に連載されたものに加筆・追加した。定価2520円。
『こまやかな文明・日本』 千田 稔 著
日本の文化的特性を「こまやか」さと捉え、その「こまやか」な文化の起源や由来を歴史的にさかのぼるとき、著者は原点に「カミまつり」を見出す。
では「カミまつり」の源流は何か。著者は、清浄観や自然観にかかわる幾つかの事例を拾い、あるいは諸学者の論を紹介しながら、日本人のカミ意識の深層を探る。そのうえで、「こまやか」な文化的伝統を、「ニワ」、農と食、衣と住、細工の技、芸や教育など、さまざまな局面で考察していく。
著者は、淵源にある「カミまつり」や「カミ」意識を、現代社会に即して無条件に押し付けたり、世直しのために鼓舞し主張したりする態度はとらない。日本の「こまやか」な文化的伝統の深みにある倫理、あるいは日本人の無意識の中に伝わるDNAを、あくまで掴み捉え、指摘するのみにとどめる。ただし、混迷を深める日本、あるいは世界のこの状況において、日本文化の根源に沈潜し、思索の契機とすることに、大きな意味があるとは考えている。
著者は最後に言う。「文化は風土性に依存するもので、ローカル的な特性から離れることができません。『文明』は、地球のどこの人間にも、普遍的に受容されるものなのです。そのような意味において、『こまやかな行為』はその対極にある『粗雑な行為』をあらゆる局面において凌駕するのです。そう確信したとき、われわれは、日本の原点である『こまやかな文明』に世界への強いメッセージ力を読み取るのです」
▽262頁
▽1890円
▽NTT出版=電話03(5434)1010
日本「再興」のシンボルに
―鎌倉・鶴岡八幡宮の大銀杏
芦田 一夫(埼玉県)
社叢学会(上田正昭理事長)は5月29日、鎌倉市の鶴岡八幡宮直会殿で平成23年度年次総会、三題の研究発表、シンポジウム「社叢学会の10年の歩みと展望〜社叢保全・育成のさまざま」を開催した。また、前日午後には昨年春に倒木した御神木大銀杏視察と神職からの説明や、同会の上田篤副理事長の鎌倉幕府の「鎌倉城」「鎌倉七口」などの講演が行われた。
大銀杏は昨年3月10日の夜明け前、鎌倉ではかつてない強い風雪で根元から倒れ日本中に衝撃を与えた。直後から、吉田茂穂宮司を先頭に同宮関係者の尽力と参拝者らの祈りで、夏場には残根から若芽・ひこばえが息吹き、主幹部の移植木でも萌芽し、その「生命力」の再生は私たちを勇気づけ感動を与えてくれた。同宮では残根からの萌芽枝を「子」銀杏、移植した大株を「親」銀杏と称し、現在では両者ともに保護・生育管理のため黒の寒冷紗で覆っている。
筆者は、倒木は何か悪い予兆でなければと思っていたが、一年後の今年3月11日午後に東北地方太平洋沖に巨大地震、三陸から北関東沿岸に大津波、東電福島第一原発放射能漏れ大事故と、戦後最大の自然災害・人災となってしまった。被災地の方々には言葉もないが、大銀杏の生命力が伝わってほしい。
社叢学会研究発表では、大銀杏の修復・再生にあたっている同会理事で東京農業大学の濱野周泰教授(造園樹木学)が「鶴岡八幡宮の大イチョウの修復について」と題して発表された。極簡略ながら発表のポイントを紹介する。
●鶴岡八幡宮全体の社叢は、平成20年頃から管理に携わるようになり、特に大イチョウは千年の歴史・由緒ある大事な木であり、巨木・老木なので倒伏を恐れていた。一昨年12月の調査では異常や倒伏の前兆はなく、それでも心配なので昨年4月から精密調査を始める矢先の出来ごとだった。
●大銀杏の4本の太い根は全て引きちぎられ、元の姿の復元は無理と考えた。しかし、親木の生命・遺伝子の継続は可能と考え、継続・再生へ向けて次の三つの方法を行っている。
1)残った根には、養分や水分を供給する細かい根は残っており、根が持つ生命力(ひこばえ萌芽)に期待した。
2)
地上の根際から四bの高さで幹を切断、その主幹部を移植し、萌芽、根の発生に期待した。
3)
原木のクローンで遺伝子を継続させるため挿し木による苗木の育成も始めた。
●残根からのひこばえの成長の可能性は一年を経て現状は想定どおりだが、再生の可能性を見極め、数年目あたりで萌芽しているひこばえの中から更に生育に適した木を数本選び、いずれ御神木を再生したいと考えている。また、移植した株のひこばえの成長と根の伸長、挿し木によるクローンの育成・成長などにも期待し、今後の推移を慎重に見守りたい。(以上、発表要旨)
なお、鶴岡八幡宮では倒木した大銀杏の枝から奉製した特別なお守り「大銀杏 木霊」(初穂料800円、体数限定)を授与している。
「杜の囁き」キャンペーン
お宮を通じて美しい日本を見直す輪を広げようということで、神社を発信拠点とした「杜(もり)の囁(ささや)き」キャンペーンというのが某新聞社の音頭で始まったらしいです。神社会館で伝統芸能を催したり、社頭にフリーペーパーを置いたり。極めつけは、境内に伝達ツールとしてデジタルサイネージ(電子看板)による大型ビジョンを設置すること。
先端の情報技術を使い、参拝者には懇切丁寧に作法を学んでもらう――。ここまでしないと、私たち日本人の気持ちが氏神様に向わない時代かと、少し複雑な気分にもなりますが、知らない人には知るためのきっかけが大事。今後、どのような反応が出てくるのか、期待したいと思います。 (東京・AT)
新刊 『鉄は魔法つかい―命と地球をはぐくむ「鉄」物語』 畠山重篤 著
東日本を襲った大震災で世界中が震撼した3月11日から4日後、「気仙沼の畠山さん、おげんきです!」というメールが神道国際学会に飛び込んできた。
畠山重篤氏といえば、「森は海の恋人」をスローガンに、海を豊かにするために山に植樹するという一見遠回りにみえる道を進みながら、気仙沼の牡蠣の養殖を成功させた人である。一昨年(平成21年)に設立15年を迎えた当会では、それを記念して秩父神社でシンポジウム『神道の立場から世界の環境を問う』を開催した。そのとき、講師の一人として迎えたのが、気仙沼の顔ともいえる「牡蠣の森を慕う会代表」の畠山氏であった。
「牡蠣の森―それは室根神社から始まった」と題する講演での、軽妙洒脱な語り口は会場の人々を魅了し、それでいながら「行政と学者はあてにしない」「宮司さんは教育者に」とちょっぴりクギをさすところはタダものではない。
大災害のなかどうしておられるのかと案じていたところに、無事のメールを送ってくれたのは、フリー編集者のKさんだった。Kさんは畠山さんから連絡を受けるとすぐに仲間たちとはかって「森は海の恋人緊急支援の会」をたちあげ、ついに6月5日(日)、森は海の恋人植樹祭が、例年通り開催されたという。テレビのニュースでそれを知った私は思わず快哉を叫んだものだった。
その畠山氏が、新しく本を出された。『鉄は魔法つかい』がそれである。鉄を「命と地球をはぐくむ」ものとしてその良さを様々な面で紹介している。一見難しそうな内容も、スギヤマカナヨ氏の挿絵とあいまって、読みやすい本に仕上がっている。
本の中身はもちろんだが、今回、私が紹介したいのは、本の帯に書かれた著者のことばである。
畠山氏はいう。
「2011年3月11日、三陸を襲った大津波で、海の生きものはすべて姿を消した。でも一カ月が経ったとき、小魚が現れ、日ごとに、その数がふえはじめた。森・川・海のつながりがしっかりしていて、鉄が供給されれば、美しいふるさとは、よみがえる。そう思ったとき、勇気がわいてきました。」
まったく、この人はタダものではない。
(神道国際学会事務局・SU)
▽222ページ ▽1365円 ▽発行は小学館=電話03(5281)3555