神道国際学会会報:神道フォーラム掲載
連載: 神道DNA(6) 「インフルエンザと七草粥」
三宅善信師

    現在、世界各地で最も深刻な問題となりつつある伝染病は鳥インフルエンザ(H5N1型)である。エイズや天然痘などは、確かにその高い到死率からして恐ろしい感染症には違いないが、いったん大流行が始まったら、その感染力の凄さについてはインフルエンザに勝る伝染病はない。既に死者の出た東南アジアや中国でも、まだ犠牲者は養鶏業者など濃厚接触によるトリからヒトへの感染に留っているが、患者の体内で遺伝子が突然変異を起こして、いったんヒトからヒトへと感染するようになると、大変なことになる。
     第一次世界大戦中の1918年に世界規模で流行した「スペイン風邪」と呼ばれた新型のインフルエンザによって、第一次世界大戦の総戦死者数800万人の3倍を超える2500万人が死亡したと言われる。日本でも数10万人が犠牲になったのである。当時の世界の総人口は、現在の約4分の1程度だったから、現在の世界の人口に換算すると、約1億人に当たる人々がこの「新型インフルエンザ」で死亡したことになる。
     H5N1型のインフルエンザは、1998年に香港において、初めてトリからヒトに感染したことが報告された。ということは、このH5N1型はこの世に出現してまだ数年しか経っていない新型インフルエンザであり、当然のことながら、人類の誰もが免疫抵抗力を持たないたいへん危険なウイルスである。インフルエンザは言うに及ばず、この世に存在する大部分のバクテリアやウイルスは、ヒトという新参者の種が地球上に誕生する遙かに以前からこの地球に存在していた、いわば「生物界の大先輩であることは言うまでもない。その意味では、旧約聖書『創世記』にある「はじめに神(ヤハウェ)は天地山川を創り、さまざまな種の生きものを創り、最後に人(アダム)を創った」という記述は、ある意味、当を得ているのである。
     ところが、今回の鳥インフルエンザ騒動で一般の人々にも知られるところとなったように、ヒトは5種類しか持っていなかったのに、鳥はこの135通り(H十五とおりXN九とおり)すべてのインフルエンザウイルスを持っていると言われるのである。それが、たまたま養鶏業者などのトリとの濃厚接触によってヒトをはじめとする哺乳類に感染し、さらにそれがまた体内での遺伝子組み換えが行われてブタからヒトへ、あるいはヒトからヒトへといったように、哺乳類同士で感染するようになれば、それこそ事態は一大事に至るのである。
     それでは、なぜ鳥にはこんなにも多くの形式のインフルエンザウイルスが存在し、逆に、ヒトをはじめとする哺乳類にはこれほど少ないインフルエンザウイルスしか存在しないのだろうか? 答えは簡単である。ヒトが初めて飛行機を発明したのは今からわずか百年前のことである。しかし、ヒトが空を自由に飛べるようになる数千万年も前から、鳥たちは大空を自由に飛び回っていたのである。インフルエンザウイルスがより広範囲へ自分たちをバラ撒きたいのなら、遺伝子の戦略として自らの2本の脚でてくてくと歩くことしかできなかったヒトに取り付くよりも、1日に何百キロも飛ぶことができ、広い海洋すら越えて大陸から大陸へと移動することができる鳥類(渡り鳥)に感染しやすいように特化したほうが、その種(インフルエンザウイルス)の保存にとって有利であったことは言うまでもない。
     平安時代の宮中行事に起源をもつといわれる「七草粥」にまつわる興味深い話がある。「七草粥」とは、神式の正月の最終日(五節句の第一である「人日」の節句。仏式の正月は「後七日」と呼ばれ、1月8日から14日まで)に、官庁の御用始めに当って、その年の無事息災を願って、セリ、ナズナ、ゴギョウ…の七種類の野草を刻んだものを粥に入れて食する行事が民間にも広まり、それが習俗化したのであるが、問題なのは、その7種類の青草を刻む時に唱われる民間伝承的な歌の詞である。曰わく「♪七草ナズナ。唐土の鳥が日本の国に渡らぬさきにトントントトトン…♪」驚くべきことに、われわれ日本人の先祖は、千年も前から既に、未知の伝染病が渡り鳥に乗って中国大陸からもたらされるということを経験則的に知っていたのであろうか。

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